鶴谷直樹
今日、強誘電体としての物性や応用に関して、結晶性の物質では、 低分子量物質についてはもちろんのこと、高分子についても フッ素系高分子など、多くの物質について研究され、報告がなされてきた。 一方、アモルファス状態の物質では、焦電性や圧電性を示すものは 幾つか報告がなされているが、それらはマクロな電気的測定によるものであり、 ミクロな構造の観点から強誘電性を裏付けている報告はまだなされていない。
1994年、強誘電体であるチオ尿素分子を高分子鎖中に導入したポリチオ尿素9
(Poly[nonamethylene thiourea]/図1)が合成され、そのマクロな電気的性質
(D-Eヒステリシスや熱刺激電流など)の測定から、ガラス転移温度直下で
アモルファス強誘電体である可能性が報告された。しかし、高分子固体には
合成の際に避けられない不純物、残留モノマーが存在するため、その電気的性質が
これら不純物の界面分極による可能性は否定できない。従って、
強誘電体であることを確認するには、ミクロな物理量の測定より強誘電体と
結論付けること、つまり鎖中のチオ尿素基のもつ電気双極子が外部電界によって
反転することを検出することが重要である。
一般に、X線はその波長に近い吸収端を持つ原子によって異常散乱され、 その原子を含む散乱体に対称中心がない場合は、通常ならば散乱ベクトルの反転に 対して変化しないはずの散乱強度に変化が見られる(フリーデル則の破れ)。 このことから、散乱体への電界印加方向の反転でその散乱強度に差異が確認でき、 その大きさの散乱角度依存性が計算値と合致するならば、電界によって散乱体の 方向性が反転したことがわかり、真に強誘電性を持つと結論付けられるはずである。
そこで、本研究では、ポリチオ尿素が「アモルファス強誘電体」であるかを、 X線異常散乱を通してその構造面から検証すべく、実験を行った。
試料は、ポリチオ尿素(ガラス転移温度:約45°C)を、電極としてAlコートした 水晶単結晶基板上に溶液キャストし、フィルムに成型して、温度を40°Cに保って コロナ放電法で電界を印加した。続いて、温度と電界を維持したまま、X線として CuKα線を用いて、アモルファスハロー付近の角度域のX線散乱強度を1次元PSPC (位置敏感型比例計数管)で測定した。その結果、電界印加方向によって散乱強度に 差が見られ、その差の散乱強度に対する比(バイフート比)の散乱角度依存性は、 計算値と定性的に良く合致している事が確認された。
以上から、アモルファスであるポリチオ尿素は、ガラス転移温度直下では真に 強誘電的な性質を持つと結論付けられる。